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2009年11月14日 (土)

振り返ってみると

あらためて、ふりかえってみると、、、、、、三つの過ちがあった。

今年は雨の心配もなく、前日は気持ちよく試走する。60km余りのコースですれ違ったり、追い抜かれたりする車の台数は10数台。自転車乗りにとって沖縄北部の道路は自転車天国。ついついとばしてしまった。乗っている途中左足に違和感があり、試走から帰って、クリートの位置を少しなぶる。前日になぶったのはそもそもの間違いだったかも。その後、名護の大会会場で受け付け。駐車場から会場までの道順を間違えたため、3倍ほどの距離を歩き、さらに左脚が重くなる。会場にはブイグテレコムの新城や元F1レーサーの片山右京、俳優の鶴見慎吾と有名人がいるいる。昼食はいつものおきなわそばのお店でとり、200kmの前半のコースを車で回る。最初は平たんのオーシャンロードって感じだったが、工事区間もあり、集団で走るにはかなりのテクニックが要りそう。水族館近くになると、けっこうなアップダウンが続く。コナさんは意気消沈、、、、。車から見る勾配は、きつく見えるが、全般にこんなアップダウンがあったら僕には到底無理と悟る。130kmも完走できないのだから。

レース当日。5時に200k組と一緒に食事をとり、200k組は名護に向かった。余裕がある130k組はまったりとして、荷物を預ける時間を待つ。スタート地点には7時ごろに行き、出走カードを箱に入れて、スタート時間を待つ。スタート時間は8時35分ごろってことで確実ではない。っ時間が迫ってきたが、国債が通過しない。やきもきしているとヘリコプターの音が聞こえ始める。ようやくやってきた。20台ほどのTOP集団が通過。その後、また待つことに。おいおい、大丈夫か?また市民200kに追いつかれないかと心配していたら、案の定、国際の集団が通過後、市民200kの通過を待つことに。怒涛のように市民200kが通過。集団後方にかがみさん、コナさんが入っている。すごいぞ!!身震いした。スタート地点に移動。およそ400台の真ん中あたり。隣に並んだ人に、最初はアップのように走っていくのですか?と聞かれる。僕もそうあって欲しいけど、毎年、全開モードで走っているのよね。10分近く遅れてのスタート。あぁ、今年も、かなりきついな。

今年は練習量も増やして、挑んだので、与那までは、いつもより余裕がある。先頭が見える状態で、右折。普久川ダムへの上りに入る。昨年、抑えすぎて、ダムに着いた時は数人の集団になってしまったので、今年の1回目は追い込んで上り、上り切ってから抑える。当然、TOP集団からは離されているが、そこそこの人数で奥に向かう。奥の上りで切れかけたが、下りで追いつき、辺土岬へ。ここからは、ちぎれても、脚を休めながら後ろの集団を待って走るつもりでいた。・・・・・・・審判車が、この先、再スタートしなおしますと、訳のわからんことをスピーカーでがなりながら追い越していく。先で、とんでもない落車でも起こったのであろうか?宣名真トンネル通過後、全員ストップ。周りからどよめき。訳もわからないまま、30分ほど停止させられる。その間、ストレッチもせず、バイクに跨っていたのが、そもそもの間違い。筋肉が固まってしまったかも。止められた時に前にいる130Kのメンバーは80から100台ぐらい?ところが、みるみる集まってきて、スタート地点と同じになってしまう。そりゃ、30分も止められたらなぁ。これなら、1回目の与那の上りと奥の上りを抑えて上っていたほうが良かったような気分。

ジュニア国際、市民200kのスタート後、さらに(10分?)待ってスタート。後輪をはすられたのか、メーターのマグネットがなくなってしまったようで、速度が表示されない。ここからは抑えていこうと思っていたのに、大集団で走る、西海岸。我を忘れて、平地なのに踏み踏みで、ちぎれまいと走ってしまったのが、大間違い。もっと冷静になるべきだった。2回目の与那で、左折。ここで、追い込みすぎたことを感じるが、時すでに遅しって感じ。上りの途中で、ペースを落とすも、2/3ほどのところで、ピクピクと左足が攣り始める。「大丈夫、練習量を増やしていたのだから、これぐらいなら、大丈夫」と大腿四頭筋に言い聞かせて、上る。が、さらに垂れる。ちりりんの小田原さんが軽々とダンシングで追い抜いて行った。

なんとか、下りで脚を休めて、安波の上りに入れば大丈夫かなと期待したが、急登に入ったところで、脚が攣ってバイクを降りている選手を見ると、自分の左脚がビーンと攣る。右脚でかばっていたら右脚も・・・・・・。バイクを降りることはなかったが、次から次へと追い越されテイク。安波を上り切ってもアップダウンが続く。高江への下りの前にようやく痙攣が治まってきた。12時を知らせるチャイムが聞こえる。関門は何時までだろう・・・・。関門手前の右コーナーに赤旗を持つ係員が・・・・。左コーナーで・・・・関門。crying泣けてきた。85kの選手が20人ほど、つかまっていた。今年は大丈夫だろうと思っていたけど、沖縄はそんなに甘いもんではなかった。再スタート後、つい、舞い上がって追い込んで走ってしまった自分が情けなかった。

あのときに、ああすればよかったとか、あれが無かったらよかったとか、なんて言い訳はできません。僕の走力で沖縄130k完走はきついと悟りました。来年は・・・・・・・・

094 0910

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