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2007年11月28日 (水)

まだ続きます

まだ続きます。もう読みたくない?なんていわずに付き合って下さい。

普久川からの下りは、動かなくなった脚を緩めるのにちょうどよかったです。周りにはちらほらしか走ってません。みな、あきらめながらも先に向かいます。下りきったとたんに高江への上りが始まりました。上り口には数人が座り込んでいました。皆、脚が攣ってしまったんだろうなと思いながら、よたよたと上り始めます。練習しているとき、○安の消防士さんが言っていたっけ、彼もここでリタイヤしたって。丘に上がるとアップダウンが続きます。11時30分、パトカーが後ろからやってきました。「おつかれさまでしたぁ~、交通規制は終了します。左によって走行してください」と言って追い越されました。一山上って下ったら、高江の関門につきました。何人ぐらいだろう、100人以上はいたみたいです。バイクをおりて、バナナとアクエリアスをもらって、座り込みました。空をながめると、涙がジワっとでてきました。水とテッシュをもらってサングラスにこびり付いた汗と涙を拭い取りました。バイクを大型トラックに積んでもらって、バスに乗り込みます。バスはレースコースを走ります。源河の坂までくると、進んだり、止まったりします。前方にはパトカーや、レース関係車両がいます。その先には関門を通過した選手が走ってます。下りになると、またバスは普通に走り始めますが、上りになると止まります。そうこうしているうちに、58号線にでました。また悔し涙が出始めます。ゴールまでの距離が表示されてます。バスは大会会場につきました。預けた、輪行函と荷物を取りに行きます。暫くすると、自転車を積んだトラックがやってきました。そのトラックは普久川ダムから乗せてきたとのことで、ぎっしり詰まってました。待つこと10分、今度は高江から僕のTREKを積んだトラックが着ました。こちらもぎっしり詰め込んでいます。ハンドルとホイルが絡まったりしています。バイクを下ろしてもらって、輪行函に詰め込みます。荷物の受け取り場所の隣で、バイクの宅配受付をやってます。箱がなくても、ここで購入しておくることも出来るようです。航空便なので3日ほどで着くというのに、料金は通常の半額の大会料金でした。昼食券でカレーライスを頂き、貪り食いました。なんとか完走だけはしたかっただけに、無様でした。

航空便 5100円

三泊目はコナさんご用達、那覇の船員会館で泊まりました。

1泊 3000円(素泊まり)

夕食はy岡さんから教えてもらった、{おもろ殿内}をコナさんがきっちり予約を入れておいてくれて、沖縄創作料理と泡盛を堪能しました。・・・・・・・ちょっと苦いお酒やったけどね。成績がもっとも目標に近い人が、ごちになれるって決めていて、僕の目標は95位やったんだけどね、、、、DNF。ターミネーターのT木さんがもっともニアピンでした。

お酒も飲んで、ゆったりと床につき、翌朝は、国際通りをぶらぶら。薬局で湿布薬を買ってその場で塗らせてもらったりしてました。市場の方にも足を向けたかったけど、歩き回るのがつらかったので、ゴーヤを模ったベンチで休んだりしてました。昼食も、コナさん推薦のお店で、開店前に行列が出来てました。お値打ちで、おいしい、ふちゃんぷるを食べました。

おいやげを買ったりして、レンタカーを返却し、空港へ。

飛行機の中では、隣りの席に別府匠選手、その前に、西谷泰治選手とアイサンのメンバーと乗り合わせました。アイサンが優勝していたら、声をかけていたけど、2位やったからな。西谷さん、むずかしい顔しとったもんな。

そんなこんなで、中部国際空港に着き、帰りも船に乗って帰宅となりました。霞コンビナートのフレアーの火を見て現実に戻った感じです。

来年はリベンジだと今は言えないけど、またボチボチと乗り始めてます。しかし、まずは85Kを完走してから130kに挑むべきかとも考えてしまいます。

130kは、丸岡で言ったらチャンピオンクラス、着は争えないってことなので、ある程度の追い込みはいいが、無理したら後でつけが回ってくるのは確実。スタートから6kmは集団が神経質になっているので、後ろからスタートしたほうがいいかも。上りに入ったらすぐにバラける。下りは安心できるほどのコースなので、1回目の普久川は絶対無理しない。集団についていくのがきついと思ったら、すぐ後ろの集団に切り替える。給水は早めに摂る。痙攣防止にアスリート塩がいいらしので、今度買ってみることにする。完走への道は高江からの上りであると思う。島の風が強いので、前傾姿勢で走り、抵抗を減らす。連取での距離を延ばす。アップダウンのコースに慣れため涼仙ゴルフ場の周回か県民の森で練習する。と、まぁとりとめのないことを書いたけど、来シーズンも自転車ライフをエンジョイしたいと思ってます。みなさんよろしくお願いします。

2007年11月26日 (月)

続き

いよいよ、スタートです。前に並んだつもりが、後方になってしまい焦ってしまいました。もう、このときから我を忘れていたかもしれません。普久川の上り口まで、平坦が6km続きます。その間に2つのトンネル。2つ目のトンネルが最初の駆け引きと思ってました。どんな感じでスタートを切るのか、もうどきどき。

8時35分 定刻どおりのスタート。2車線の道路を300台の自転車が埋め尽くし、ひしめき合って走りはじめました。僕は右側、コナさん、y岡さんを見失います。ピリピリと神経質になった大集団は速度の上げ下げが激しく、詰まってくるとどよめきが起こります。この時点で、後ろに下がって、気を取り直して走ればよかったものの、前へ前へと自分を追い込んでいってしまいました。集団の1/3ぐらい前にいたところで、y岡さんが、後ろから「とくさん、通して」と言って追い越していきました。2つ目のトンネルに入るや、左のほうで競り合うどよめき、落車もあったのかな?トンネルの中ほどで、ぐっと速度が上がりました。馬鹿な僕は、いっぱいになりかけているのに、食らい付きながら走りました。トンネルを出て、すぐに右折。前は50~60人ほどで、のぼりに入ると、あらよあらよと離されていきます。でも後ろから追い越されることもなく、のぼりました。普久川の向こうの下りがどんなものかわからないので、下りは小人数でいきたいと思い、ここでも無理してしまってました。先が長いのだから、もっと冷静になって水分補給に心がけたり、抑えて走ったりするべきだったようです。下りに入ります。道は広いし、路面もきれいなので安心して下れました。たぶん、このときは第二グループだったと思います。30人ほどの集団の後ろについて、奥をめざします。アップダウンのコースは苦手で、前にあがれるような速度でないので、ずっと一番後ろか、2、3番後ろでした。このときも、さっさと見切りをつけて、次の集団がくるのを待つべきでした。奥の手前の上りで、ぎりぎり付いていけましたが、下って、集落の平坦で、ずるずると下がり始めました。「もう、だめだぁ~、ついてけん」と声をあげると、「だめだといわずに、がんばれぇ~」と沿道から熱い応援をしてもらいました。これが奥切れか、千切れてしまうのは僕だけでなく、3人ほどいました。ここでも、もっと水分を摂るべきでした。集団が速いだけで、まだ僕が完全に止まったわけでないので、ピークを目指します。ここを過ぎれば、辺戸岬からは追い風、下り基調だと思い、がんばりました。下りになり、ひとりになってしまったので、後ろからくる集団を待ちました。また30人ほどの集団です。それに乗っかって、ぐんぐんスピードが上がります。気持ちいいです。でも追い風でなく、風が回っているようで、気を抜いて離れると、また追いつくときに脚をつかいます。これなら、なんとかついていけるかもと、ゼリーを1本飲み干し、トンネルを抜けます。左折して2回目の普久川上りです。集団についていけません。焦りました。21t→23t→25tと変速していきます。左足を踏み込んだ途端、ピーンと膝から上が攣ってしまい、脚が曲がりません。突然の痙攣で、よろよろと路肩に倒れかけました。「あぁ、僕の沖縄は終わってしまった」追い抜いていく、人たちが、どうした、がんばれと言ってくれますが、もう放心状態です。200kの集団が勢いよく上っていきます。コナさんも、「とくさーん」と言って走っていきました。どれほど、止まってたでしょうか、攣った脚をかばいながら、とろとろと走り始めました。もう、ダムで脚きりになると思っていたら、まだいけると言われ、下りに入りました。本当言うと、もう走りたくなかったです。

つづく 

一昨日の続き

源河の坂は3段坂で、ここだけ走るのなら、そこそこ無理しないで上れそう。でもね、レースでここまで走ってからは、相当きびしい感じ。下りは直線基調で、がんがん下れそう。3段目の上りに入るところだけ、分離帯があり要注意かな。ピークで記念撮影して、名護に向かいました。一昨日、車で通ったよりも丘越えがきついですね。イオン坂っていうらしいです。(また、また言うけど、実際のレースではここもバスの中でした)名護市民会館で受付をすませ、小休止。飲み物の自販機は110円と本土より安いけど、空き缶を入れる箱が備えてないようです。飲んだ後は、自分で持ち帰れということなんでしょうか?帰りに本格的な?沖縄そばを食べに連れて行ってもらいました。チェーン店らしく沖縄に7店舗あるようです。本家ソーキそば 我部祖河食堂ってとこです。皆が食べたソーキそばには強烈にでかい豚肉がのっかってました。かじると骨が出てくるので、骨を捨てる皿まで用意されてます。じっさい僕が食したのは、野菜そばでしたが、旨かったです。そのあと、奥間まで海岸沿いの40kmの道なりを向い風の中、リーダーが先頭固定、30km/h一定で引いてくれて帰りました。途中、コナさんがパンクしたものの無事到着。走行距離85km。レース前日にこんなにも走ってしまったのと、左ひざ裏の腱にちょっと違和感が残ったのが不安でしたが、せっかく沖縄にきたのだからということで、良しにしときました。(普通ならせっかく沖縄にきたのだから、観光地をめぐろうと言うのですが、僕たちの場合は自転車に乗ろうになってしまいます。)シャワーを浴び、一休みしてからお土産を見たり、買ったりして夕食の時間を待ちます。その間、自転車を持った人たちが、次から次へとやってきました。土曜に沖縄入りする人たちも多いようです。y岡さんも、その一人で家族同伴でやってきました。夕食もバイキングでしたが、席が空かないので長くまたされました。込みようが金曜とは全然違います。ビールはやめておこうと思ったのですが、食事がうまいので、小を1杯だけ頼んでしまいました。

ビール 小 700円

おみやげ  ・・・・・・・円  

21時すぎには、眠くなり、ベッドに横になりました。zzzzzzzzzzzz

4時ごろ目を覚まします。リーダーは200kmのスタート地点の名護市まで移動しなければならないので、4時30分に奥間を出て行きました。僕たちは8時30分スタートですが、荷物を7時まで預けなければなりません。輪行函に手荷物を詰め込んで、6時30分に預けにいきました。所定の駐車場に、荷物を並べておくと、トラックに積み込んでもらえます。130kmのスタート地点には7時すぎに向かいました。道の駅ゆいゆいの駐車場に自転車を並べてます。出走票を提出し、一番前だと思って並べて時間を待ちます。朝の風は体が冷えてきます。車の影に座り込み、風が当たらないようにしてました。ヘリコプターの音とともにチャンピオンクラスの逃げグループが130kのスタートラインを通り過ぎます。すげ~。はえ~。チャンピオンクラスが通過して、すぐに高校の130kが移動し、スタートです。その後、僕たち市民130kも移動です。ありゃりゃ、一番前列に並べていたつもりがそこはケツでした。移動の際に少し前にでて2/3ぐらいとところになりました。

いよいよ、スタートです。

続く・・・・・・

2007年11月24日 (土)

ご無沙汰してました。

沖縄で惨敗して気落ちして、さらに自宅に帰り問題が発生。仕事も、12月からの条件が裏切られた感じで、気が入らず、胸がつかえた日々を過ごしていました。でも今日はチームの納会ということで気晴らしができたらええかなと思ってます。沖縄から届いた、トレックも、ダンボール箱から出してようやく掃除してあげました。ほったらかしにしておいたので、ステムとか、トップチューブに塩が噴いてました。

沖縄を振り返ってみます。

バイクは宅急便で送りました。10日ほどみておけば、確実に配送できるとのことでしたが、チームのY岡さんは6日前に送って大丈夫でした。ぼくは仕事の関係で、14日前にクロネコヤマトで送りました。ダンボール箱はカブトの輪行函にしました。前後輪外してサドルを下げるだけで詰め込めるので便利ですが、箱のサイズが大きいので、配送料が1万円を超えます。(三重~沖縄)1万はかなり痛手でした。送ってから、チームのKさんが、シーコンのバックを使って下さいと言ってきてくれたので、よけい損した感じがしました。沖縄とか海外とか飛行機で運ぶ際にはシーコンのバックかオーストリッチのバックを購入した方が何度も行くなら絶対に得です。中部国際空港までは四日市港から出ている船で行ったのですが、袋、またはバックに入った自転車は無料です。ただし、裸のままの自転車は有料になるようです。飛行機も手荷物として預けられるので無料。到着してからレンタカー屋までも、マイクロバスで運んでもらえるので、バックを担いだりするのは空港内だけと思えば、心配していた肩、首の筋を痛めるということもなさそうです。

カブトの輪行函  税込みで5950円

四日市港~セントレアまでの船賃(セラヴィ汽船) 片道1690円

ツアー代金(名護ツアーセンター) 飛行機 往復 + オクマリゾート 2泊(朝食×3、夕食×2) 56000円

沖縄空港について、手荷物はベルトコンベアーで運ばれてきますが、自転車は別口で受け取ることになります。空港を出ると、I田さんが手配してくれいたフジレンタカーがマイクロバスで待ってくれていました。バスの後部に自転車、荷物を積み込みます。フジレンタカーで、車を乗り換えます。今回ハイエースを借りていてくれたので、4台の輪行バック、荷物。5人の乗員で、ちょうどいい感じです。もう少し詰め込んだら、6台、6人でもなんとかなりそうな感じでした。

レンタカー代+ガソリン代  35000円。(7000円/1人)ただし、I田さんの口利きでおやすくなっているようです。

那覇から高速にのり、名護、奥間に向かいました。途中PAで昼食をとります。沖縄そばとジューシー(味ご飯)のセットで550円。腹は膨れたけど、満足できるものではなかったです。外の売店のサーターアンダギーのほうがよかったかも、、、、、。

昼食  550円

名護の町を通るとき、200kmのスタート、ゴール地点を通過します。こんな広い道を規制して走れるなんて最高だなんて、、、(まさかバスでゴールへ戻ってくるとは、このときは思ってませんでした。)

たしか、16時すぎごろに奥間に到着しました。チェックインしてコテージに入ります。ひさしぶりに贅沢したみたいで、いい感じです。自転車はリゾート地内に入れないようにと、うたわれていましたが、暗黙の了解なのか、みな、コテージまで入れていました。(自転車は本当は体育館のようなところで預かってもらうことになってます。)僕の自転車は、体育館に保管されていました。輪行バックや、ダンボール箱が30~40ぐらいは置いてあったでしょうか。体育館の入口受付で名前を言って、墨のほうにおいてあった、自分の輪行函を探しだし、トレックを組み立てます。フロアーポンプも一緒に入れておいたので、悩むことなくタイヤの空気も充填しました。離れたところで、携帯ポンプを使って難儀している人がいたので、かしてあげました。コテージでジャージに着替えて、普久川までの区間を試走に出かけました。I田さんがレンタカーで伴走してくれます。時間も時間なので夕闇がせまってきます。130kmスタート地点から6kmほどで右折して、普久川の上りに入ります。さっきまで雨が降っていたようで路面はウェット。セミ?トリ?の鳴き声を聞きながら上ります。だらだらとした上りで、僕の苦手な坂でした。山岳ポイント手前で折り返す頃にはライトがいるぐらいになってきましたが、ゆっくりと下って宿に戻ります。走行距離 28km。コテージには風呂もついてますが、部屋に置いてある割引チケットを使うと、1000円が500円になる大浴場で汗を流しました。夕食はバーベキューです。ボリューム満点で美味しかったぁ。ついビールもいってしまって、2杯も飲んでしまいました。

大浴場 500円

ビール 大ジョッキ 970円×2

翌朝、ゆっくりと起きます。バイキング形式の朝食をとってからも、まったりしてから、名護会場での受付ついでに源河の坂を試走することになりました。コースを間違えたものの、巧い具合に東村、平良に出ることが出来て、源河の上りをレースコース通りに試走しました。ここも、僕にとって、いやな感じの上りで、ちょうど涼仙の坂のような勾配です。

明日へ続くのこころ・・・・・。

2007年11月13日 (火)

DNF

沖縄、リタイヤでした。それもまともに半分走ってません。普久川の上りで脚が攣り、走れなくなり、よろよろと高江の関門まで行って終了。自信過剰で走ってしまったのが原因。弁解の余地無し。かなりへこんでます。

他にも理由がありますが、きっとしばらくはバイクに乗らないでしょう。ごめんね。

2007年11月 8日 (木)

ウィダー鈴鹿エンデューロの続き

4時間はリーダーが総合2位、クラス優勝と昨日の3時間に続いて優勝だ。コース内は4時間の参加者がいなくなり、がらがらになった。巧い具合に集団にのれたらいいが、乗れない場合は単独走になりかねない。2順目もH君はいいペースで周回を重ね、Kさんへ。Kさん、集団にのっかって快調な走り。僕の番に回ってきたときも、あの集団があったらなぁーと、思いながらKさんがピットインするのを待つ。ピット前を集団が通り過ぎる。Kさんとチップタッチ。その前にHさんが「ギヤー軽すぎない」と言ってくれたが、「大丈夫です」なんてフリーの方を見て答えいたが、ダッシュしようとしたら、インナーに入っていた。もたつきながら、西ストレートを全開で下る。またもや、前方にアンカー集団。「右行きまぁ~す」と言って、ごぼう抜き、、、、、なんちゃって。でも集団は遥かかなた。2人組みで走るトロッフェなんとかの後ろについている人の後ろについて走るが、これって反則だよね。だから僕はちょっと離れてついたり、前に出たりと脚を使いまくる。4周回目に入るときは、まだまだ余裕があり、あと2周なんて叫んで、テント横を通り過ぎたが、突然、左のふくろはぎが痙攣する。かばって走っていたら、右足も、、、、。S字の下りで脚を揺さぶりながら、筋肉をほぐす。ツールで逃げている選手が、時々やっているような感じやね。4周回でピットに入りたかったが、Sさんが準備できていないと悪いから、だましだまし5周回目に突入。それまで抜かされること無かったのに、抜かれ始めた。追い抜いていく人に着き、離されたら、次に追い抜いていく人に着きを繰り返して、だましだまし走る。ピットイン上りでふくろはぎが悲鳴をあげる。・・・・ほど突っ張っていたが、無事チップタッチ。Sさん、喘ぎながら周回をこなし4周回。Hさん、宣言どおり3周回。ラストはH君にお願いして、ジャージを脱ぐ。H君、1順目の2時間分の足らなかった分を、きっちり帳じりを合わして、8時間ゴール。みなさん、お疲れ様でした。Aチームと4周回の差がついてしまいましたが、今度はその差を縮めようぜ。パチパチパチ。

走れ!ヤマダさんの撮ってくれた、ウィダーの写真。職場での自慢話にします。

2007年11月 7日 (水)

うぇぃ~

だぁ~鈴鹿8時間エンデューロ ロード走りました。チーム名 Maxspeed97 Bteam ゼッケン66。関東支部Sさんには出場に関していろいろお世話になりました。京都のKさん、いつまでも走れそうな体躯、さすがツールド信州を走っているだけあります。ゲスト参加ありがとうございました。H君も自ら1走で2時間?(^^)のところ1時間30分やってくれました。場を盛り上げてくれたHさん、ビールが無かったのが残念そうでしたが、ペダリングは軽そうでした。で、で、でぇ、僕は3走目でした。Kさんのあと2周という合図を聞いて10分ぐらいしたら、スタート準備でもしようかとバイクによってスタンドを外していると、「いいですかっ!」とKさんの声が背後から聞こえてびっくり。Kさん、後輪をパンクさせて走ってきたのだ。慌てて、チップを足首に巻いてもらい、ダッシュでゴー。アンカーの選手に並ぶと後ろについて下さいと言われて遠慮なくつく。アンカーの一人は飯島選手だったかも、一般が僕をいれて3人。でもソロで走るならいいペースだったが、いまいちスピードが出ていない。1周は先頭交替しながら走ったが2周目のスプーンカーブへの上りで前に出すぎてしまい、待つのも何やなと、そこから単独走。単独になると、いっぺんに心拍が上がる。へろへろと落ちてきたら、しっかりとアンカーさんたちに追い越され、置いて行かれちゃいました。そのあと髪の毛を後ろに束ねた、TREK乗りさん他2名と、回しながら走る。TREK乗りさん、(ジャージの背中になんとかmagaginって書いてあったような。なかなかレースを知っているようで風向きによって、右に回るか左に回るか指令を出している。結局、僕とTREK乗りさんでペースをキープして2周回、次にピットに入るよと声をかけたら一緒に入りましょうって言われて着いていたら、もうちょっとで本当のピットに導かれそうでした。僕のピットはシケインの上でーす。と伝えて、他2名を引き離し、ホームストレートを突き進み、シケインのピットロードへ。Sさんにバトンタッチじゃなくチップタッチ。・・・・ 続く

2007年11月 3日 (土)

空白の1サイクル

大会まであと7日。ところがこの1サイクルの交替勤務の間、まともに走ってません。時間が無かったわけでもないです。乗りたいなら、夜でもライトを点けて堤防を走れたのに、疲れが溜まるのが怖いと思ってたら、この状態。だいじょうぶか?明日の8時間エンデューロ。チームの仲間の足を引っ張らないよう、限界まで喘ぎます。なぜって、今日の3時間エンデューロはリーダーが22周回で予想通り優勝。Y田さん、20周回で30位。K村くん、Cリーグスポーツクラス2位。と結果がHPで見れます。それをみて闘志が沸いてきたのです。

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